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毛虫と環境


夏から秋にかけて、樹木、特に桜の木には毛虫がつきます。

発生する数は年によって異なります。今年は9月になって多く見られるようになりました。

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桜の木の下には
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毛虫のフンがいっぱい落ちています。

フンの落ちている場所は柵で囲っています。
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フンの落ちている場所を見上げると
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この通り、毛虫が密集して葉を食べています。
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当園ではあえて殺虫剤を噴霧することや、虫を落として殺すことなどをしていません。

柵で囲って、毛虫の領域、園児たちの領域と分け、園児たちと共存を主としています。

毛虫が園児たちを襲うことはありません。たまたま落ちてきた毛虫に触って痒みを生ずることがあるかもしれません。

<危害を加えるかもしれない>、あるいは<毛虫は害虫だから>という、根拠の薄い<優生思想>で無闇に虫を殺(殺処分)してもいいのでしょうか?

園児たちには実際の毛虫を見せたり、撮った写真で見たりして毛虫の存在を確かめるようにしています。
<触るとひょっとしたら、痒くなる感もしれないよ!>とか<大きくなったら何になるのかな?>
関心を持つように言葉かけもしています。

最近ニュースで<豚コレラ>の話題があります。感染した豚は殺処分されるのでしょうか。
以前にも<鳥インフルエンザ>や牛の<口蹄疫>で感染した個体だけではなく、同じ飼育場内のすべての固体が殺処分されています。人間の御都合主義のなせることです。ナチスのユダヤ人虐殺と本質的には同じこと。

<小松左京セレクション2未来>(河出文庫)に<人類裁判>があります。
人類が太陽系外の宇宙空間へ進出した未来の話。
野放図な資源開発や異星生命体への残虐な処分について、また人類の過去の人類や動植物、家畜に対する残虐な処分に対して<汎宇宙精神体連合>から裁判を受け、有罪となる、という筋書き。
地球生命体たる人類では人類を裁けないのでしょう。<汎宇宙精神体連合>という別の知的生命体を以ってでないとわからない。

園児たちには毛虫から、殺処分にに対する<悲しみ><哀れさ>などの感情、<御都合主義>の感覚などを感じ取ってもらいたいものです。

バランスをとって!

もうじき運動会です。
平均台を渡ります。

年少児は
高さ40cm、幅10cmの平均台を2本くっつけたものを渡ります。
よっこらしょ!と落ちないように登って、20cmの幅を歩いて進みます。
こんなの簡単簡単!
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年中児は
平均台は1本、高さ40cm、幅10cmです。
手を使わないで、バランスをとって平均台に登ります。
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幅が10cmでもスイスイと進みます。
こんなの簡単簡単!
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年長児は
平均台にフープがついています。
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平均台上でしゃがんで
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フープをくぐって
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立ち上がって
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進んでいきます。
こんなの簡単簡単!
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年齢によって難易度の差をつけています。
平均台上でしゃがんだり、立ったりするのはちょっと難しい動作です。

<ヒトラーの時代>を読み了えて、<名取洋之助の写真集 ドイツ・1936年>と

<ヒトラーの時代>(中公新書)
著者池内紀氏は8月30日に亡くなられたそうで、お悔やみ申し上げます。(この本を購入した日でした)
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ヒトラーが独裁体制を確立していく過程が記述されています。特に興味を持ったのは「分かれ道(二)ー名取洋之助の場合」。
名取洋之助は10代後半にドイツに渡り、ちょっとしたきっかけで写真家になり、戦前、戦後にかけて一時代を築いた写真家、報道写真という分野の命名者、開拓者。著作の岩波新書<写真の読みかた>を私は20代に読んで、写真と文章の融合(嘘も真実も操る)の重要さを知った思い出があります。

そこに紹介されている(P65 図8 ブランデンブルク州コトブスにて)写真
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民族衣装をまとった女性たちが写っています。池内氏の文章で、民族衣装をまとった女性たちはドイツ人ではなくスラブ系のソルプ人とのこと。ベルリンオリンピック開催前後、対外的な関係でユダヤ人をはじめとしたアーリア人以外の迫害を一時的に抑制していた時期の写真で、民族衣装を纏わせているのはナチスの演出であると。名取洋之助はそんな演出に乗せられて撮影しているわけでなく、ナチスの意図を察しすぎているのだと。それが名取のナチス万歳のドイツから「分かれ道」なのでしょう。

<名取洋之助写真集 ドイツ・1936年>(岩波書店)も購入しました。
何点かコトブスにての写真があります。
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中央の民族衣装の女性たち、右端にナチスの腕章をつけた人物が写っています。何気ない写真のようですが、緊迫した状況を察することができます。

おじいさんと女の子の日常的な写真にも、「私たち好きこのんでこんな格好しているのではないわよ」という意味が読み取れるようです。
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この写真集は名取が死んで40年以上たって出版された物。生前はこれらの写真は封印されていたとか。
名取が生前にこれらの写真にキャプションをつけて写真集を作ったら、どんなものになったか、残念ながら叶わぬことです。

以前からナチス関係の事象になぜか興味があります。
タバコの害の啓発、労働時間の制限、休暇の必要性、労働に生きがいを持たせる政策(歓喜力行政策)、国民車(フォルクスワーゲン)の開発、住宅供給政策・・・・誤解を恐れずに言えば、人間性を高める政策の数々。どこぞの国のスローガン<月月火水木金金><欲しがりません勝つまでは>とは大違い。
ただし
適応範囲が限定されている=アーリア人のみ。アーリア人のみが優良人種で、スラブ人などはアーリア人の支配下、奴隷状態でアーリア人に奉仕すべき人種、ユダヤ人などは追放、戦争状態になり追放できなくなって抹殺の対象・・・・・
民族差別が根底にあるのですから、政策面だけで評価すべきものではありません。

どこの国でも多少なり民族差別的な面はあるでしょう。歴史的な面に大きく左右されています。ドイツでは中世以降、東方(スラブ人世界)進出に活路を見出した結果でしょう。どこぞの国も150年前から海を渡った大陸進出に活路も見出し、その過程で隣国の民族差別の形成に繋がるわけでしょう。
<活路を見出す>とは、そこから物的、人的な資源の収奪を根底にした政策でしょう。
今はそんなことあからさまにはできませんね。しかし巧妙になっているかもしれません。
国家、民族、といった集団として歴史的な面以外に、個々としての繋がりがもう一つの側面でしょう。一人一人の繋がりを大切にする配慮、後から形成される歴史的、社会的偏見に先立って常に大切にしてしておきたいことです。これは歴史的社会的な影響の少ない幼児期にこそふさわしい時期なのかもしれません。

翻って、もっと壮大にいってみれば、
ナチス的なアーリア民族と他の民族との優良意識の関係を
アーリア民族=人間に、他の民族=人間以外の生物に対応してみれば
人間の他の生物に対する優良意識とナチス的な優良意識と同じではないのではないでしょうか。
まさに人間は他の生物から収奪を繰り返しているのです。
もっと人間は謙虚にならなければいけません。



積み木で遊ぶ

積み木にもいろいろ種類があります。

棒に切れ込みがあって、組み合わせて遊ぶ積み木です。四角の囲みができます。
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動物の形をしたものと一緒にしました。
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この囲みの中は動物たちの寝床のようです。

小さな棒を直線上に組み合わせて動物たちを遊ばせています。
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直線上に並んだところは動物たちの餌場のようです。
ここはキリンの餌場
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ここはカバの餌場
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動物の形に誘発されて動物園になったようです。
動物に餌を与えたり、寝かせたり、<散歩>と称して動物を動かしたり・・・・・・

動物園での見学やこれまでに得た知識や情報を元にして、再現したり想像したりと遊んでいます。
文字や言葉では表しきれない多様なことがそこで展開されています。

文字や言語って便利なようで極一部のことしか表せなくて、<不便な>ものですね。

身の回りの環境から受けること

立秋を過ぎたとはいえ、夏真っ盛りの今日この頃です。

朝顔が咲き、
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木々からはセミの大合唱が聞こえてきます。
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午後になると、オシロイバナが開花しています。
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いつもなら春にタネをまいたヒマワリが開花している頃ですが、今年は発芽した頃、カラスにほとんど食べられてしまいました。
5月の中旬にもう一度タネをまいたので、まだ開花の前です。
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ヒマワリの前に立てているのは年長児、年中児が描いた<ヒマワリ>の<名札>です。
<ひらがな>などの文字で<名札>を書いても園児にとって<意味>あることでしょうか?
これから咲く状況を反映した<絵>としたことは、文字記号と違って園児に直接訴える記号となっているでしょう。
「いまは、はっぱだけだけれど、もうじき、はながさくんだよね・・・・」

大人は記号としてすぐ<文字>に頼ろうとしてしまいます。無意識のうちに!
しかし、文字から得られる情報は、ごく限られたものしかありません。
視覚、聴覚、・・・・五感を通して得られるをもっと大切にしていかなければなりません。

木々から、<ジージージー、シャーシャーシャー・・・・>と聞こえて、目を凝らして音の方向を探すと、セミの姿を発見!
大人から「セミ」という名前を聞き、<セミ>という概念を形成していく。さらにセミ取りを通して、鳴くセミと鳴かないセミがあったり、アブラゼミ、とかクマゼミとか種類があったり、・・・・<セミ>という内容を豊かにしていく・・・・
まさに、身の回りの環境から、感覚を通して様々な情報を受け、また受けた情報からフィードバックして環境と関わって、さらに豊かな内容に変わっていく。・・・・
そこに話し言葉、聞き言葉が<記号>として介在してきます。<文字化>などはもっと後で十分でしょう。文字は大変便利なものですが、ごく限られた情報量しかありません。言語学者ソシュールが考察したのは話言葉、当然のことでしょうね。

幼児教育でも文字など記号を教える状況が多くなってきています。
そんなのは後回しにして、もっと直接体験を多く!と、訴えたくなります。
そして直接体験がたくさんできる環境の下で!

秋には赤い実がなるよ!(モチノキ)
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もうじき大きな桃色の花が咲くよ!(芙蓉)
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プロフィール

m.k.masa

Author:m.k.masa
諸々の事柄に、なぜ?、どうして?という感覚をも持ち続けたい幼稚園園長です。
京大理学部卒、大学院修了
(うさぎ年です)

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