サクラをはじめとして園庭の樹木が大きく繁りました。
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暑い日差しを遮り心地よい日陰を作ってくれました。

9月中旬になり、サクラに毛虫が発生しはじめました。
虫に食べられた葉、枯れた葉、毛虫の糞がサクラの下にいっぱい落ちています。
登園した子ども達にはそれらが目に入るように、あえて片付けるようにはしていません。
毛虫の存在を感じてもらいたいためです。
もっとも子ども達に毛虫の被害を防ぐために、サクラの下には柵を設け、立ち入らないように講じました。
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サクラの横には芙蓉が綺麗な花をつけています。
よく見るとその葉にも毛虫がついています。
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人間との共存はなかなか難しいことです。
便利になったと感ずることが多々ありますね。
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<思ったら、待たずに実現できる>これは人間の欲望の根源的なもの、これに向かって邁進しているのが技術の指向ではないでしょうか。
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遠く離れた場所間での通信の方法の進展をみれば、一目瞭然
手紙から有線の電話、無線の電話、携帯電話、今ではスマートフォン
かけたいときに<待たずにすぐかけられる>、かかってきたら<待たずにすぐ受けられる>
今や通信だけでなく、多種多様なことが<思いついた時にすぐ実行できる>
歩きながら、<身の安全>も顧みずに・・・


移動手段の同じ
バスや鉄道などの公共交通手段では、時刻表に従わなければならないけれど、
自分でコントロールできるマイカーならば<思ったら、待たずにすぐ移動できる>

思ったものを<待たずに、すぐ手に入れられるように>
24時間営業のコンビニ、ネット通販

こんな個々の人間の欲望を叶えるために、どんなに労力を、エネルギーを消費しているか。
どんどん無感覚になっているのではないでしょうか。

そして一見<便利>そうに見えても、一旦トラブルが発生したら、とんでもない範囲に影響が及ぶことも。
総菜店で発生した「O157」汚染が広範囲な人間に影響を及ぼしている・・・
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ある意味、幼児と同じかも
自己中で、危険も顧みず、己の欲望を満たすように行動する・・・

教育はそのような自己中からの脱却を求めて行なってきたのに・・・
技術の進展は、それと逆行するかのよう・・・・

今週の絵のコーナー
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クレパスで描いた後イーゼルに絵を立てて、絵筆に絵具をたっぷりと含ませて
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えい! 絵筆を持った腕を大きく勢いよく、振り下ろします。
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絵具の<しぶき>が画面に飛び散ります。<水>の表現になります。

子ども達はこの筆の使い方が大好きです。
絵具の<しぶき>がどのようにつくのか、予測不能です。そこに<揺らぎ>が生じます。
絵筆を持った腕を大きく勢いよく振り下ろす動作も、心地よい感覚をもたらします。
まさに<遊び>の要素満載です。

<昭和幼稚園のHPへもおこしください>
今週から2学期が始まりました。

今年は朝顔もヒマワリも開花のピークはとっくに過ぎ、しおれた花、種が園児達を迎えています。
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以前に書きましたように、朝顔、ヒマワリのところの標識とし、種や枯れた状態の姿を掲示しています。

鉄棒で遊ぶのは、久しぶりです。
年長児です。
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<逆上がり>の途中で、あえて上体を起こさないで途中でとまっています。手を離して腹部で身体を支えています。
「<布団干し>みたいだね!」と声をかけると、うれしいのか、「みてて!」と、なんども繰り返します。

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ちょっと離れた別の鉄棒でも<布団干し>

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小学校や幼稚園でよくみかける、「逆上がりの補助器」と称する斜面を足で蹴って駆け上がって、<逆上がり>のような動作をすることでは、勢いがつきすぎて鉄棒の周りの回転をコントロールすること難しくなります。そしてこんな<布団干し>のような多彩な動作へと導きません。

こんな年長児の様子に触発されて、「わたしだってできるもん!」と年中児も<逆上がり>を始めました。

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園内のいろいろな場所で、園児達が互いに触発されながら、いろいろな経験を積み重ねていくのが楽しみです。

「逆上がりの補助器」と称する器具は本来の<逆上がり>の動作を阻害するもので、幼稚園や小学校の至る所に置かれているのは、なぜでしょう?
教材を作っている会社、体育の先生をはじめとして教師の皆さん!もっと考えて下さいね!

<昭和幼稚園のHP>
夏の終盤になってきました。

園庭の樹木では相変わらずセミの大合唱です。
園庭の植物、ヒマワリや朝顔は開花の全盛をすぎたようです。

オシロイバナが花をつけ始めました。
日が高いうちにはつぼみの状態なのに、
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夕方になると、開花します。
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セミは種類によって鳴く時刻が決まっていたり、朝顔は早朝、オシロイバナのように夕方、というように開花の時刻が定まっているようです。

動植物は体内に時計を持っているようです。人間は<時計>という機械に頼らなくてはなりません。その点では、人間は時刻を認知するという点で、それらの動植物より<劣って>いるかもしれません。

ある一点の時が時刻ですが、時の流れ=時間という概念があります。
時刻は<時計>が示す指標(時計の針の位置、デジタル表示ではその数値)、太陽や天体の位置で認知できます。
時間はどうでしょうか?
朝起きて、<時計>を見て時刻を確かめ、寝たときの時刻を思い出して、計算して寝ていた時間を認知しています。もし<時計>がデタラメな時刻を示していたら「正しい」時間はわかりません。またカレンダー表示のある<時計>でなかったら、寝ていた時間が1日以内なのか、日を超えているのかもわかりません。
ペローの童話、グリム童話にある「眠り姫」は100年間眠っていたことになっていますが、眠り姫自身はどれほど眠っていたと意識したのでしょうか。

時間は<時計>の針の運動の経過、天体の運行の経過、人間の感覚としては、動作の経過として認知しています。動作の経過として、例えば、歩いた距離、本を読んだページ数、仕事の作業量・・、多分に精神的な要素が入り込んできます。
人間の普通の感覚から得られる時間という概念は、各個人によってまちまちで、万人に共通な時間というのはなかなか難しい概念のようなきがします。

小学生のころ、昼休みに友達と校庭でボール遊びに夢中になって、時の経過をすっかり忘れて、教室にもどらず、先生にひどく叱られたことを思い出します。また大学生のころ、入り江のなかの無人の小島で泳いだりして、時の経過をすっかり忘れ、宿の人に行方不明と騒がれ心配をかけたこともありました。

こんな曖昧な<時間感覚>を<洗練させた>時間として<世界の記述>の基本単位としていることはある意味不思議なことだと思いませんか?

<洗練させた>時間をどのように形成していくのでしょうか?
とくにこどもの時間形成は?
プロフィール

m.k.masa

Author:m.k.masa
諸々の事柄に、なぜ?、どうして?という感覚をも持ち続けたい幼稚園園長です。
京大理学部卒、大学院修了
(うさぎ年です)

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