もうすぐ音楽会(2月12日)です。

音楽会に向けての練習も終盤です。
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いろいろな楽器を使った合奏もまとまってきました。
目を閉じて聞こえてくる練習に耳を向けていると、「幼児が演奏しているのかな?!」と思えてきます(少し贔屓目ですが)。

使用している楽器は打楽器が主です。
幼児が使っている場合が多いので、旋律を奏でる楽器と比較して、簡単な楽器と思われるかもしれません。
しかし、打楽器は難しい楽器です。
出てくる音が衝撃音なので、多数の打楽器を合わせるのは至難なことです。

しっかりとリズムを刻んでいくと、演奏自体がメリハリのあるものになります。
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マレットや手などを楽器に打ち付けて鳴らす楽器は、衝撃音で歯切れのいい音がでます。
ウッドブロック、タンバリン、
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両手に持った鈴を、両腕を打ち付けるようにして鳴らすと、いい鈴の音色になります。
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大きな鈴は(振るのではなく)手で根元を叩くようにすると歯切れのよい音で鳴ります。
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モンキータンバリンもグロッケンも素敵な音を響かせています。
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手首の動きを、急に止めたりしないと音にならない「マラカス」。
年少児には難しい。いい音を出せるのはさすがに年長児でですね。
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そして、年中児、年長児で旋律を担当するのが鍵盤ハーモニカ群
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本番が楽しみです。

<昭和幼稚園のHPへもお越し下さい>
先日コンサートに行ってきました。
プログラムの一つは日本初演という、ガヴリイル・ポポーフ(Gavriil Popov)交響曲1番
(他のプログラムを目当てにいったので、これを聴きたくていったのではないのですが)
ポポーフはショスタコービッチとほぼ同世代の旧ソ連の音楽家、解説によれば2人は生涯の盟友であったとか。
1935年3月22日の初演の翌日「敵対する階級の思想」として批判され、その後演奏が禁止されてしまったという、<曰く付き>の音楽です。

厚い管楽器群、打楽器群、チェレスタ、ハープ2台、と大編成です。
強烈なフォルティシモから始まる長大な音楽で、約50分もかかる大作です。
感想は? 私にとっては、強烈な音のイメージだけで、解らない音楽でした。
時を経て再度聴いてみたら変わるかもしれませんが。
長いですが、ちょっとだけ聴いてみて下さい。


気になったのが、曲が「敵対する階級の思想」と批判されたこと。
この例のように、旧ソ連では音楽などの芸術分野、また科学分野でも「敵対する階級の思想」なるレッテル貼りが横行していたようですね。
表題が付いているのでもなく、歌唱などが付随するのでもない純器楽曲に、どのような理由で「思想性」があるのでしょうか。
メロディー、リズム、音の強弱、音色など音楽を構成する要素は「思想性」とは基本的に無縁でしょう。
それらの要素から引き起こされる「感覚」から、蓄積された記憶、取り巻く様々な状況などが組合わされ「感情」が生じ、また「思想性」なるものへと飛躍していくのでしょう。

ここで思い起こしたのがソシュール流の言語(記号)の考え方。音楽も記号の一種。
記号はシニフィエ(記号内容)とシニフィアン(記号表現)の二つの側面が分ちがたく結びついたものである。
オーケストラが奏でているのが記号表現としてのシニフィアン。
それを聴いて心に浮かぶ、感情、心情、あるいは「思想」といったものがシニフィエ。
そして記号が存在しえるのは記号としてのシステム、文化としてのシステムがあるからである。そしてそのシステムは絶対的なものではなく、恣意的なものである。

ポポーフの交響曲を「敵対する階級の思想」としてしまう旧ソ連の「音楽文化システム」なのでしょう。
旧ソ連崩壊の直前にあったペレストロイカ期にポポーフの再評価が始まったそうですが、「音楽文化シズテム」が変わってきたのでしょう。

「音楽文化システム」も恣意的なものゆえ、いつの時代にも変わらず評価の定まった音楽作品というのも難しいものなのかもしれません。
子ども達を取り巻く音楽環境も時代とともに変化しているのですね。
昔を知る世代としては、懐かしい童謡がなくなっていくのは寂しいかぎりです。
若い世代の教師からして異なる「音楽文化システム」ですから。

とはいいつつ、バッハとかモーツアルト、ベートーベンなどクラシックの名曲は生き残っているようです。
よくきいてみれば昔通りの演奏様式ではなく現在の時代に即した「文化システム」に対応した演奏形式(シニフィアン)になっているのでしょう。50年前のバッハ演奏と現代のバッハ演奏は全く同じではないですから。

バッハの曲は好きでよく聞きます。

オリジナルな楽器構成でも、現代の楽器でも、またジャズなどに編曲したものも。

素人の感覚ですが、
鍵盤楽曲の<フランス風序曲BWV.831>はフランス風という名前からもちょっと洒落た雰囲気がします。
もっとも、同じフランスの名前がある<フランス組曲BWV.812〜817>の方がもっと洒落て、カワイイ感がありますが。

勝手な妄想をすれば、
・・・ちょっと野暮ったいドイツの貴婦人がフランスで流行しているカワイイ衣装を着てみた・・・

チェンバロ演奏では、曽根麻矢子のもをよく聞いています。
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ピアノ版は音にふくよかさがあり、チェンバロとは異なって、妄想上のドイツの貴婦人の年齢が少し年上になった感じ。
よく聞いている、シフの演奏


最近チェンバロやピアノだけではなく、アコーディオンの演奏を知りました。
フランス組曲の5番と6番とフランス風序曲が入った御喜美江のCD
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フランス風序曲の初めの部分(Overture)しか入っていませんが、Ksenija SidorovaのCD
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チェンバロやピアノとまた異なり、妄想上の貴婦人が、草原で風に吹かれて衣装をヒラヒラさせながら散策しているような・・・

アコーディオンでは楽器を抱えて風を送る操作もしなければならず、演奏上の難しさを想像してしまいますが、これらの演奏を聞くと、そんな困難さは微塵も感じられません。

YouTubeでフランス風序曲のアコーディオン演奏が見つからなかったので、Ksenija Sidorovaの演奏でバッハのチェンバロ協奏曲をアコーディオンで行っているもの。


ジャズのバンドと行っているもの


妄想にお付き合い、ありがとうございました。

朝のNHK-FM「古楽の楽しみ」を通勤の途中で時々聴いています。
以前、バッハのブランデンブルグ協奏曲をいろいろな演奏家による聴き比べの週がありました。

クラシック音楽を聴きはじめた頃、もう40年以上の昔、
バッハは偉大な存在で、聞くにも「姿勢を正して・・」なんてな雰囲気がありました。
その頃の代表的な演奏「カール・リヒター ミュンヘン・バッハ管弦楽団」にはそんなイメージがありました。

ところで、そのFMで聴いたなかにあった、カフェ・ツィマーマンの演奏が、以前のイメージとは異なり、楽しい雰囲気が伝わってきます。この名前もなに?

ネットで調べてCDを購入しました。

なんとこの名前−バッハのライプツッヒ時代にあったコーヒーショップの名前だとか。
そこでバッハも学生オーケストラを指導してライブ演奏をしていたとか。
そんなコーヒーショップの名前を拝借したグループだったんですね。

コーヒーショップでのライブ演奏を彷彿させるような楽しい雰囲気だったのですね。

cd

音楽は基本的には、文字通り、楽しく!が一番

コーヒーショップみたいな所で「気楽に」ライブ演奏が聴けるよなところが多くあれば!と願っています。
2月16日は浜松市教育文化会館『はまホール』で音楽会を開催しました。

年長児合奏『Sing Sing Sing』をご覧下さい。



<昭和幼稚園のHPにもお越し下さい>
プロフィール

m.k.masa

Author:m.k.masa
諸々の事柄に、なぜ?、どうして?という感覚をも持ち続けたい幼稚園園長です。
京大理学部卒、大学院修了
(うさぎ年です)

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