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子どもの頃の思い出-文字のない世界

私が幼稚園児の頃(もう半世紀以上も前になりますが)の思い出です。

現在園長をしている園に在園していました。家庭の事情で、自宅近くのバス停で路線バスに乗り、駅で別の路線のバスに乗り換え通園していました。祖母が一緒にバスに乗り、送り迎えをしてもらっていましたが、年長の後半になると、帰りは一人でバスを乗り継いで帰るようになりました。幼児にもかかわらず、定期券を持っていました。

さて一人で駅で別の路線のバスに乗り換えることになるのですが、バス路線を間違えることなく帰っていました。バスの行き先表示は(現在もそうであるように)漢字で記されていました。当時の私は漢字はおろかひらがなも読めませんでした(小学校に入学して、教科書をもらい、ひらがなを習ったのを新鮮なことと感じたのをはっきりと覚えています)。


さて、どうして漢字が読めなくても、行き先を間違なかったのでしょうか?
それは、バスの形で判断していたのでした。
私が乗るべき路線の系統のバスはある自動車メーカーのある形式で統一されていたのです、別の系統のバスは違う形式だったのです。それは偶然だったかもしれません。しかし、字の読めない私にとってはバスの形の違いは大切な印でした。一人で帰るようになる前には祖母が漢字表示を必死で教えてくれたと思いますが、そこで漢字表示に変わる「形の法則性」を「発見」したのでした。

バスに乗って間違えなく帰ってくるので、周りの大人は、私が漢字も読める、と勘違いをしていたようです。
「○○(私の名前)はえらいな〜、漢字がわかるから」、こう云われても私にはなんのことか解らず、きょとんとしていました。

大人は文字記号で判断しているケースが多く、無意識にほとんど文字記号で解決できると思ってはいないでしょうか?文字記号が全てではなく、幼児は幼児なりに必要に迫られ、「法則性」を見いだしているのです。
私たち大人もちょっと文字記号から離れてみませんか!別の世界が見えるかもしれません。
幼児期には文字記号の世界ではなく、もっと多様な感覚、感性に響き合う世界へ誘いたいものです。そうした経験が文字記号を使えるようになる時期に大きな実りをもたらすものです。

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m.k.masa

Author:m.k.masa
諸々の事柄に、なぜ?、どうして?という感覚をも持ち続けたい幼稚園園長です。
京大理学部卒、大学院修了
(うさぎ年です)

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