今年も母の絵を描きました。

毎年、顔の彩色には子ども達の思いが反映されるようにしています。
「肌色」(最近は「うすだいだいいろ」となったようです。)でベターと塗るのは避けたいことです。

水性ペンで顔を描いて
パステルを使って「お化粧をしようよ!お母さんをきれいにね!」「色を混ぜていいんだよ。」
と、誘いかけていきます。
描く-1

描く-2
手で色を押し広げていきます。

どんどん色を重ねて、手でせっせとのばしていきます。あっさりと終わる子もいれば、いっぱい色を重ねていく子もいます。
一部を紹介します。
母-1

母-2

母-3

母-4

母-5

母-6

母-7

母-8

母-9

いろいろな顔色の色でしょう!同じようなものはありません。どの子もいろいろと思い、考え「きれいに!」と色を選んで重ねています。
これとこれを混ぜるとなにになるかな?と「実験」している場合もあるようです。
「肌色(うすだいだいいろ)」を作ろうとしている子どもはほとんでありません。
始めから、青や緑等を使って塗り始めた子どももあります。
大人が普通思い浮かべる顔の色とは異なっています。

描き終わった子ども達の表情は「楽しさ」と「満足感」に溢れています。
みんな-1

子ども達の色使いを思うと、実際の顔の色と似ているから、とか似せよう、という意識は薄いようです。
「きれい」という言葉に誘われて、「きれい」な色だと思いついた色を使っているようです。(「肌色(うすだいだいいろ)を用意して、「きれい」とか、なにも誘いかけなかったら、その色でせっせと塗ったかもしれません。これは日本の潜在的にある「文化」かもしれません。)30年ほど前に私が幼稚園の教員になった時に経験したことと変化はないようです。

こんな色のお母さんを見たほとんどの大人は「変な色!」といった感想を抱くに違いありません。
30年ほど前、当地であった「母の絵コンクール」に本園の年長児全員の絵を応募しました。(そのうちの1枚は顔の色が薄緑、母と手を繋いだ子どもの絵で、今でも印象深く記憶に残っています。)顔の色は様々でした。結果1枚も入選しませでした。
これらの絵をコンクールに応募すれば、多分30年前と同じようなことになるでしょう。
しかし、大人に解ってもらう絵ではなく、大人の「常識的な世界」とは異なった世界にいる子ども達の色の感覚を大切にしたいと思います。有名な画家にはこんな表現がいっぱいありますね。シャガールの絵など先ほどの絵と似ていませんか?

母の絵では、「きれい」という感覚で選んだ色で顔を彩色したのですが、観察的な場合はどうでしょうか?
チューリップの花を作りました。
本物の赤のチューリップを見ながら、クレパスの赤に黄色や白を混ぜ、本物と比べながら、黄色を足したり・・して本物そっくりの色を再現していきました。同様に黄色のチューリップも作りました。
チューリップ-1

チューリップ-2

どうです!本物と見間違うチューリップでしょう!
観察的な場面では大人顔負けのことだって子ども達はできるのです!

「きれい」ということに、正解はありません。優劣もありません。
「観察的」なことには<みんなが納得する>といった「正解らしきもの」はあるのでしょう。

色を選択するという行動だけでもいろいろなことがあるのです。

昨年のお母さんの絵の記事もご覧下さい。

昭和幼稚園のHPにもお越し下さい。
プロフィール

m.k.masa

Author:m.k.masa
諸々の事柄に、なぜ?、どうして?という感覚をも持ち続けたい幼稚園園長です。
京大理学部卒、大学院修了
(うさぎ年です)

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