携帯電話やスマートフォンにもカメラ機能が搭載されていて、いつでもすぐに写真を撮り見ることができるようになりました。カメラで撮られた写真はある瞬間にある視点で捕らえられた光景です。私達大人は、ずっと以前からそのような写真にたくさん囲まれています。絵画も写真と同様なものと見がちになっています。絵画もある瞬間のある視点から見た光景であると。

見て、感じて、頭の中に、心の中に浮かび上がってくる情景は、ある瞬間の光景である場合もあるでしょう。また過去、現在、あるいはまだ体験していない未来、また体験していない想像上の世界などが絡み合った光景でしょう。そして一つの視点から見た光景だけでなくいろいろな方向からの見方が絡み合った世界でしょう。

カメラで撮影した1枚の写真では、とてもこのような複雑な世界を現し切れるものではありませんね。ところが絵画では1枚の紙(キャンバス)にこのような複雑な世界を描き切れるのです。

有名なピカソという画家の絵を見たことがあるでしょう。写真とは違って、どこかヘンテコです。正面から見た顔と横顔がくっついて一緒に描かれていたり・・・。シャガールというまた有名な画家の自画像には指が6本の描かれていたり、・・・・
また日本の絵巻物には、長い1枚の紙に物語の展開に応じて、いろいろな光景(主人公がいろいろな場面に登場しています。)が描かれています。また私達が日常親しんでいるマンガも絵巻物と同じような表現形式ですね。これらは写真とは全く違うものです。紙の上にいろいろな瞬間の光景、いろいろな視点からみた光景が絡み合っています。
 
子ども達は見たり、経験したり、想像したりして頭に、心に浮かんだ世界を、写真などに「慣らされて」形式化した大人とは違って、自分の感覚に即して紙に表現していきます。ある瞬間にある視点だけから捕らえたのでない、複雑な世界を子どもの絵は秘めています。

人物画に見られる「頭足人(頭から手足がでている表現)」、これは、顔を描く視点と、手足を描く視点が違うのです。顔は鏡で見たような視点、手足は自分自身の目から見た視点(自分の目から見ると、耳のあたりから手が出ているように、足はあごの下あたりから出ているように見るでしょう)。
頭足人

年少時期のカタツムリの表現はグルグルの渦巻から触覚が「ちょんちょん」と描かれている、年中児や年長児になると、大人とおなじような視点で描くようになっていきます。実際のカタツムリを観察すると、年少児の描く方が実際の光景に近いものです。これらの例のように、子どもの表現は、ある意味「写実性」に富んだものなのです。
かたつむり

またクレパスや絵筆を持って紙の上で動かすと<思いがけない>形が現われるものです。そんな結果が年長児の「泳ぐこいのぼり」です。決まった「形」を描くのではない、新しい発見につながるような方法も子ども達と模索しています。
こいのぼり

私達大人もかつては子どもでした。記憶が薄れ大人の硬直した思考で、子どもの頃に出来たことが出来なくなっています。
子ども達を「早く大人」にすること、これはあまりいいことではありません。展示してある絵をご覧になって、「豊かな」子どもの世界を思い巡らして下さい。「豊かな子どもの世界」を満喫することが「豊かな」大人に成長していくのを導いてくれるのです。

<昭和幼稚園のHPへもお越しください。>
プロフィール

m.k.masa

Author:m.k.masa
諸々の事柄に、なぜ?、どうして?という感覚をも持ち続けたい幼稚園園長です。
京大理学部卒、大学院修了
(うさぎ年です)

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