ある光景

先日歯科医院の待合い室で治療を待っている時、父親と中学生くらいの子ども2人が入室してきました。
父親も子ども達も席に座るなり、すぐスマホを取り出し、スマホの操作に集中し、お互いの会話はまるで無し。
私の名前が呼ばれて治療室に入るまで、10分くらいありましたが、その親子の状態は変わらず。
待っている間、なにもすることがないから、スマホでもいじっていたほうがいいのでしょう。
その親子は家庭ではどのような状況なのかしら?とふと思ってしまいました。

育児中にスマホを見せていることが問題視されています。
母子2人だけの時間帯で、どうしても子どもと向き合う時間が取れずに、「やむにやまれぬ」場合もあるでしょうし、
子どもが喜ぶからと、積極的に使用している場合もあるでしょう。

人間は便利な物に<ついつい使われて>しまっています。
<一時的な緊急避難的な使い方>だと意識しないと、と思わざるをえません。
昔テレビが一般的になりはじめた頃、有名な評論家が「一億総白痴化」と発して流行語となったそうですが、
スマホ依存症も深刻な問題でしょう。

立春を過ぎて、暖かい日が訪れます。
チューリップの芽が地表に出てきました。
2017-02-18_NOKTON40_1.jpg

木蓮の芽もこれから咲くであろう花の姿をそっと包んでいるようになりました。
2017-02-18-010a7-2.jpg

スマホなどという人工物とは縁のない<自然の営み>で生育している姿に感動さえ覚えます。

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No title

ジジです。

<立春過ぎて、暖かい日が訪れます。
チューリップの芽が地面に出てきました>

のセンテンスを読んで・・・・。

昨年の秋に庭の隅にチューリップの球根を
植えたことを思い出して見に行きました。

なんと

10個ほどのキューリップが小さな芽を出し
ていました。

先がピンク色の1センチくらいの高さでですが、
凛々しい姿です。

「芽が出るかな~」と半信半疑でしたので、
それだけに感動しました。


「スマホ育児」と言う言葉があるそうですね。
「だいじょうぶかな~?」と思います。

赤ちゃんの視力は6年かけて、成熟すると
いうことですが、それは視力に関することで、
眼から学ぶことは、最初の3年が大切なよう
に思います。

大きいー小さい、長いー短い、遠いー近い
速いー遅い きれいー汚い 暗いー明るい
こういった概念も、2才後半には身につける
ようですが、それも眼の働きがあってのこと
です。

本来は自然に育つものが、なんらかの形で
阻害されてしまうと、その後にどのような影
響があるのか?誰にもわからない・・・。

そこが怖いと思いますね。

<スマホなどという人工物とは縁のない
自然の営みで生育している姿に感動さえ
覚えます>

チューリップの芽を眺めていても、そこに
自然の力を感じ感動します。

「子どもの中の自然にも、ちょっとは耳を
傾けても良いのかも知れない」と思いました。





Re: No title


毎年園児達と一緒に植える球根と<勝手に(以前から地中に球根が存在している)>芽が出てくるものがあり、春先には綺麗な花を咲かせています。特に<勝手に咲く>花はちょっと小さく、健気です。


一見<便利な物>に囲まれて人間の能力も以前とは変わってきているのかもしれません。
深刻なのは2分極化だと思います。
スポーツ等に典型的にあらわれている、オリンピック選手などのエリートと一般の差の拡大。
プロフィール

m.k.masa

Author:m.k.masa
諸々の事柄に、なぜ?、どうして?という感覚をも持ち続けたい幼稚園園長です。
京大理学部卒、大学院修了
(うさぎ年です)

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