こどもにまかせましょう!

運動会の前後しばらくの間、跳箱を跳び越えたりして運動の器具として使ってきました.

跳箱の用途は運動器具だけではありません。
先々週から跳箱を並べて<壁>にして<お家>の空間を作っています。
子ども達と<どんな物があったらいい?>と相談しながら作っています。
初めの週は<台所>で<ままごとセット>を用意しました。
次週からは<寝る所><トイレ>などの要望が出て、ままごとセットは片付けました。

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玄関です。靴箱も用意しました。
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玄関を入ったら、<ホール>です。
<ホール>の左手にはベッドを置いて寝室です。
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<ホール>の右手はトイレです。
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<ホール>での遊びは?
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跳箱によじ登って、跳び降りる!
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何度も繰り返します。
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<玄関>での様子は?
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靴を<下駄箱>に入れます。
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靴だけでなく靴下も脱いだり、はいたり・・
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日常の生活に必要な<衣服の着脱>の練習につながっています。

下駄箱の様子は?
脱いだ靴はグチャグチャの状態でしょうか?
イエイエ、綺麗に整頓されています。
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「靴をきれいに並べましょう1」なんて声を掛けていないにもかかわらず!!
まわりの状況から、子ども達一人一人が<靴を綺麗に並べる>という必然性も持っているのですね。

周りの大人があれこれ「言葉で」細かなことを指図するのではなく、
子どもにとって、<必然性>をもった状況をつくることが大切でしょう。「言葉」は添え物です。

大人は「言葉」でコントロールしようとしがちです。
「言葉」でコントロールされたことは身に付きません。
<しつけ>のヒントです。

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No title

ご無沙汰しております。ジジです。

今日のくまもと市は小春日和です。窓からの景色は、近隣の屋根の重なりと青空が見えています。

不思議と騒音がなくて、「今ここ」の世界で日差しを眺めながら、うらうらしています。なんだか年老いたネコになった気分で・・・す。

―こどもにまかせましょう―

幼稚園の園長先生から、そのような言葉を聞けることはうれしいことですね。

あたりまえのことだとは思うのですが、教育者から聞くことは少ないように思います。

「こどもにまかせましょう」と聞いて、「子どもを放任していて大丈夫ですか?」と疑問に思う人がいるとしたら、その人は子どもの行動をよく観察してこなかったのかも知れませんね。

子どもは大人の視線を信頼して行動するところがあります。ですから「だいじょうぶ、見ててあげるから」というメッセージが届いていれば、安心してあそびはじめますよね。

ジジも長い間、「子どもはなぜあそぶ?」と思ってきました。ジジはおもちゃ屋さんで教育者ではないのですが、「食べ物ではないおもちゃに、なぜ子どもは執着するのか?」という問いを立ててきました。

単純に考えて、生物としては不自然な行動に思えたからです。

おおむね発達という指標で、おもちゃは捕えられてきたように思いますが、子どものあそびにはそれ以上のものがあるように思います。

数枚の写真を拝見すると、跳び箱、フェンス、シート、午睡用ベッド、トイレ、ベンチ、靴などがあそび道具として利用され、日常の生活が再現されています。

跳び箱では、さすがに身体運動が誘発されているようですが・・・・。

「子どもはなぜあそぶ?」

幼児教育者にこそ、探求して欲しいと思いました。


Re: No title

ジジ様

肌寒く感ずる日が多くなりました。
池田でお会いしてもう1年も経つのですね。

> ―こどもにまかせましょう―
>
> 幼稚園の園長先生から、そのような言葉を聞けることはうれしいことですね。
>
> あたりまえのことだとは思うのですが、教育者から聞くことは少ないように思います。

そうですか。あれこれ言葉で指図するのが苦手でして。またそのようにしても「言葉」では限界がありますし。

> 「こどもにまかせましょう」と聞いて、「子どもを放任していて大丈夫ですか?」と疑問に思う人がいるとしたら、その人は子どもの行動をよく観察してこなかったのかも知れませんね。

こどもは今いる環境に応じていろいろと行動するものです。なにも放任しているのではなく、どのような状況、環境を作るかが根底になければいけません。
<放任している>と思う大人は、そのような状況が見えていないのですね。そしてそのような大人が大多数です。

> 数枚の写真を拝見すると、跳び箱、フェンス、シート、午睡用ベッド、トイレ、ベンチ、靴などがあそび道具として利用され、日常の生活が再現されています。

あえて使用目的が限定されるような<おもちゃ>のような物は置かず、ごく身近にある物で構成するようにしています。その方が子ども達がいろいろと考えて使っていきますから。そして身近な物を<おもちゃ>として使っていきますから。
>
> 「子どもはなぜあそぶ?」
>
> 幼児教育者にこそ、探求して欲しいと思いました。

まさにそのとうりです。
幼児教育の指導書の類には、現象としての<遊び>の記述はあるのですが、<遊び>の本質、発生などについてはほとんどないのでは。幼児教育に携わる者としては、表面的な現象だけではなく、その根底にあることを考えることがこどもの理解につながるし、こどもとともに将来への展望を見るにも大切なことだと思うのです。
プロフィール

m.k.masa

Author:m.k.masa
諸々の事柄に、なぜ?、どうして?という感覚をも持ち続けたい幼稚園園長です。
京大理学部卒、大学院修了
(うさぎ年です)

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